運動量写像

数式を使ってなにか書いてみようと思い,ちょうどいいので運動量写像について自分の理解をまとめてみることにした.数学の内容ではあるが,物理屋の言葉で補足するようにする.そのため逆に数学的な厳密さはほとんど考えていない.

基本ベクトル場

\( (P,\omega)\) をシンプレクティック多様体とする.Lie群 \(G\) がこれに作用しているとして,そのLie環を \(\mathfrak{g}\) と書く.
\(G\) の元 \(g\) は変換 \(P \times G \ni (x, g) \mapsto g \cdot x\) をもたらす(空間並進・空間回転など).\(\mathfrak{g}\) の元 \(\xi\) は無限小変換で,指数写像 \(\exp\) で撃ち出すことで \(G\) の元になる.
\(\xi \in \mathfrak{g}\) に対して,\(P\) 上の関数 \(f\) を同じく \(P\) 上の関数へ写すような,\[ (\xi_P f)(x) = \left. \dfrac{d}{dt} f(\exp(t \xi) \cdot x)\right|_{t=0} \]で定められるベクトル場 \(\xi_P\) を \(\xi\) の基本ベクトル場という*1.つまり,\(\xi\) という無限小変換が生成する \(P\) 上のベクトル場が基本ベクトル場である.

Hamiltonベクトル場

シンプレクティック多様体では,\(P\) 上の関数 \(f\) に対してHamiltonベクトル場 \(X_f = \{f, \cdot\}\) を作ることができる.物理屋にわかりやすいようにPoisson括弧で書いたが,シンプレクティック形式 \(\omega\) や内部積 \(i\) で書けば \(i(X_f)\omega = \omega(X_f, \cdot) = df\) となる.
(注:Poisson括弧の形で書くことの一つのメリットとして,シンプレクティック多様体を含んだ概念であるPoisson多様体に対しても適用できることがあると思っている.Poisson多様体に関してはこの記事の最後に少し補足している.)

運動量写像

\(\xi \in \mathfrak{g}\) の生成する基本ベクトル場 \(\xi_P\) がHamiltonベクトル場 \(X_f\) になるような関数 \(f\) はもちろん存在するとは限らない.しかし仮に存在する場合を考え,それを \(J_\xi\) と書こう:\(\xi_P = X_{J_\xi}\).つまり,無限小変換を生み出すような関数=物理量のようなものである.この関数に \(P\) の元=系の状態 \(x\) を与えることで物理量の値 \(J_\xi(x)\) が得られる.
しかし,この関数 \(J_\xi\) には「無限小」という情報が入ってしまっており,物理量とは考えにくい.それをなくすために,Lie環 \(\mathfrak{g}\) とその双対 \(\mathfrak{g}^*\) の間の pairing \(\langle \cdot, \cdot \rangle\) を使って \(\langle J(x), \xi \rangle = J_\xi(x)\) となるような \(J : P \to \mathfrak{g}^*\) を構成しよう.この \(J\) を運動量写像と呼ぶ.

例:空間並進と運動量

シンプレクティック多様体に余接束 \(T^* \mathbb{R}\) を考える.物理の言葉で言えば,一般化座標と一般化運動量 \( x = (q, p)\) の属する相空間である.シンプレクティック形式はよく見かける  \omega = dp \wedge dq,Poisson括弧は物理屋には見慣れた \( \displaystyle \{f,g\} = \frac{\partial f}{\partial q} \frac{\partial g}{\partial p} - \frac{\partial f}{\partial p} \frac{\partial g}{\partial q} \) である.Lie群 \(G\) に空間並進を与える(\(q\) のみをずらし,\(p\) はそのまま)と,そのLie環 \(\mathfrak{g}\) の元 \(\xi\) の基本ベクトル場は,\(\xi\) がもたらす空間並進量を \(\xi_1\) とおいて\[
(\xi_P g)(x) = \left. \frac{d}{dt} g(\exp (t \xi) \cdot x) \right|_{t=0} = \lim_{t \to 0} \frac{g(q + t \xi_1, p) - g(q,p)}{t} = \xi_1 \frac{\partial g}{\partial q}
\]から\( \xi_P = \xi_1 \dfrac{\partial}{\partial q} \)となる.Poisson括弧から,\( \{J_\xi, \cdot\} = \xi_P \),つまり \( \{J_\xi, g\} = \xi_P g = \xi_1 \dfrac{\partial g}{\partial q} \)となるものを考えれば,\(J_\xi(q,p) = \xi_1 p\) であることがわかる.すなわち,\(\langle J(q,p), \xi \rangle = \xi_1 p \) となるので,運動量写像 \(J\) は一般化運動量になっている:\(J(q,p) = p\).

\( q\) が直交座標であれば \( p\) は通常の意味での運動量そのもので,角度であれば(\(G\) の作用は空間回転)\(p\) は角運動量である.

Poisson多様体に関する補足

Poisson多様体とはその名の通りPoisson括弧を持つ多様体であり,シンプレクティック多様体であれば必ずPoisson多様体でもあるが,その逆は成り立たない.成り立たないケースというのは,Poisson括弧に退化性=核の存在を許すPoisson多様体が存在する場合である.そのような場合では,Poisson括弧の核となる関数 \(C\) は,任意の関数 \(f\) に対して \(\{f,C\} = 0\)となるので,Hamiltonianがどのようなものであっても保存する.このような関数 \(C\) をCasimir不変量(Casimir元)という*2.そのような核があるPoisson括弧に対しては,シンプレクティック形式が定義できない(はず).そこで,Hamiltonベクトル場の定義などをPoisson括弧を使った表現にすることで,同じ議論がPoisson多様体に対して適用できるようになる.


〔2018/10/8更新〕
いつのまにか「運動量写像」でググるとこのページがトップに来るようになってしまった...
ふと見返していたら基本ベクトル場の定義にミスを見つけたので修正して,ついでにいくつか修正しました.また,Poisson多様体についてもついでに書いてみたくなったので,最後の節として追加しました.符号についてはいろいろミスをしている気がしてならないですが,文献によって符号が違うことが多い気がするので,いつかまとめてチェックしたいとは思っています(やるとはいっていない).

*1:(2018/10/8)基本ベクトル場の定義を \(\xi_P(x) = \left. \dfrac{d}{dt} \exp(t \xi) \cdot x\right|_{t=0}\) としていましたが,適切な表現ではありませんでした.まあ \(\xi_P\) の \(x\) での成分が…といえばいいんですが…

*2:典型例としては,3次元空間で \( \{f,g\} = \boldsymbol{x} \cdot (\nabla f \times \nabla g) \) というものがある.このとき,\( C = |\boldsymbol{x}|^2/2 \) とすればよい.Poisson括弧ではなくてLie括弧だが,量子力学で習う3次元回転群のLie環で,全角運動量がすべての角運動量と可換,つまり括弧に入れるとゼロになったことを思い起こされたい.